3・11でした

テレビに釘付けの日々でした。
今もナマサダ視聴中です。

テレビは、録っているいるものも勿論多かったのですが、新たな資料などがあったり、十年目としての特番があったりです。

うちの親戚も閉鎖りぎりまで仮設暮しをし、家は建てることができましたけど、故郷には帰れず、隣市に老人三人の男所帯で頑張っています。
ダンナも故郷の町が映ると、アレコレ解説付きで、ジッと見ていました。

原発があんなに危険だと全国に知らされたと思っていたのに、原発は減らず、再稼働を求める会社に対して同意する所も出てきました。
まあ、今食うためには仕方ないだろ、と言われれば仕方ない事なんでしょうが・・・もう原発に「想定できることはない!」というのはわかったはずなのに、ねぇ。

廃炉40年というけど、本気で出来ると思うんだろうか?・・・もう私が生きている間に廃炉成就は見届けられないのですが、せめて子供たち・孫たちの世代には安全に原発撤退が完成していてほしいです。
大体、40年後って、日本は、地球はあるのでしょうか?ってのも最大の疑問なんだけどね。

津波被害の大きかった地域も、復興という名のもとに元の故郷の姿が失われ、戻りたくても避難地での生活の方に生活史ができてしまった方たちは割り切れないままの、引き裂かれたままの人生を送っていらっしゃつたり。全国的にも過疎~老人だけが取り残されていく社会という問題が大きいのですが、ここには端的に表れています。ただ、やはり福島よりは断然平和に復興状態にあり、羨ましいですね。

ただ無理を承知で故郷に戻った方たちも、慣れ親しんだ「社会」がなくなって孤独の中に埋もれていきそうな危険な状態の方たちが多いです。

いつも、いつも中央は東北を目の敵?冷たく扱っていないだろうか?少なくとも公平に同じ人間が生きているんだ、って考えてないんじゃないか?とは思います。

都はいつも西を向いていましたよね。まあ、それは新種の文化が半島から入ってきていたからだろうけど。

継体天皇の出現から想像しても、藤原為時(紫式部の父)が越前守を熱望したのも、ただ越前が大国だったからというだけではなく、大陸と近い地域であり、当時は宋から漂流?して来た人たちが漂着していたから、というのも聞いたことがありますし、藤原氏の交易範囲を考えても、東北っていうよりは全体的に東国ですが、そんなに東国を軽んじてよいものだろうか?とは思っているんですよね。

すくなくとも、関東にある政府が、東国を軽んじて良いはずはないと思うのですよね。









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この記事へのコメント

ぽんず
2021年03月15日 20:20
ずっと思っていたことを書いてくださってありがとうございます。

> すくなくとも、関東にある政府が、東国を軽んじて良いはずはないと思うのですよね。

本当にそうおもいます。
いろいろ書きたいことはあるのですが....

ほんとうにそう思います!!




怪傑おばさん頭巾
2021年03月16日 23:17
ぽんずさん、こんばんは(^^)

>いろいろ書きたいこと

そうなんですよねぇ・・・私も言葉足らずですが。
昨今は頭で考えていることもとっちらかって文字にまとめるのは難しいのです。

まぁ、「日本は単一民族の国」なんて平気で政治家が言う国ですからねぇ。
あの人たちの頭の中もとっ散らかっているのでしょう。