人間国宝

暑い日が続いてますが・・・今週いっぱいはダメらしい(^_^;
昨日・今日は38度越え~(-"-)

あっ、ちっょと遅い話ですが・・・先月半ば過ぎに人間国宝が発表されました。
そこで、ナントナント秀太郎が人間国宝になりました(^_^;

孝夫さんは当然もうなってますし、これは当然なる!いつなるか?くらいのことでしたから、あ!そう、でした。

でもさ、秀太郎は最近凄く良くなって、昔のあのチャラケ方が嘘のように良い女形になって、
上方の女形としては、貴重な雰囲気・色気を醸し出してました(^^)

しかも、不思議なことにあの我童によく似て来て、我童ファンだったオバサンとしてはお~!と言う気分でした。
我童って、三島由紀夫も凄いファンだったという上方の女形です。
本人はいつまでも若いつもりで、老けて来ても若作りなので、中ぶけの役を付ける時、
三島由紀夫が「皺三本描く」とわざわざ注意メモを付けたというエピソードがあります。

とにかく上方の雰囲気が濃厚に漂う良い女形で、
(「廓文章」の)吉田屋の女将とか、一力のお才、「冥途の飛脚」のおえんとかが当たり役♪
もう、今はその役々は秀太郎が受け継いでいますv(^^)
それくらい秀太郎も良い女形になっているわけですが、
でも、人間国宝なんて思いもかけなかったわけでして、それがある日突然人間国宝だ~\(^o^)/
長生きするもんだね、くらい嬉しかったですm( )m


それと、葵太夫!!!
国立劇場の研修生からは初めての人間国宝で、おまけに58歳という異例の若さです(^^ゞ
私は、恥ずかしながら2016年の玉三郎の妹背山の山の段の時に初めて聴いてビックリしました。
おまけに、幕開きに「葵太夫」と掛け声がかかったのよ~!!
地方で声がかかるなんて、清元の志津太夫さん以来でした。
しかも、本当に上手かった!!

昔の歌舞伎の竹本は「チョボ」と呼ばれて、本来の浄瑠璃語りになれない奴が歌舞伎に回って伴奏してる、くらいに思われてました。
語りも本当に酷い人が多くて、この語りがない方がよかった、というような時もあったくらいです。
オバサンが清元に傾いたのも、清元には志津太夫という名人がいて、それに比べて、
あまりにも竹本が酷かったからです。
みんなそう思っていたのよね・・・だけど、そりゃあ、仕方ないことだとも思っていたのです。
元々義太夫は文楽の物だし、そこで活躍できる人なら歌舞伎の伴奏なんかに「身を落としはしないよ」と。

ところが、本物を求める、17世勘三郎や当代の猿翁が本チャンの文楽義太夫と共演して、
いわゆる文楽の義太夫と、歌舞伎の義太夫は別物だ、と気づき出した。
歌舞伎の義太夫奏者の重要性がクローズアップされてきました。
そこで国立劇場でも「脇役養成」と一緒に「伴奏者養成」にも力を入れ始めたのですね。

新聞の記事を読むと、
葵太夫は「研究熱心さと美声を買われ、若き日から市川猿翁さんや中村歌右衛門さんに抜擢され」とありますから、
私も聴いたことはあったはずですが、まだまだ、当時のオバサンには、
今日のチョボはちょっとましだった、とか、今日のチョボはよかったな、と思うことはあっても、
葵太夫の名前をインプットするほどの耳は持っていなかったみたいですm( )m無念。

でもまたこれから、葵太夫に続いて、良い歌舞伎義太夫奏者が出て来るのでしょう。
もう、歌舞伎がどれくらい見られるかわかりませんが、期待しています(^^)
そうそう、玉三郎は愛太夫がご贔屓。
愛太夫もいいと思うけどね。

これは、葵太夫が吉右衛門に取られることが多いからなのかな・・・相性もあるんだろうし、
孝夫さんは誰と組んでたかな?油地獄なんかは?
孝夫さんの舞台は孝夫さんしか見てないからダメかm( )m

で~、勘九郎・七之助の兄弟も、気のせいか愛太夫との共演が多いように思います。
とにかく、葵太夫の後に続け\(^o^)/

秀太郎さん、葵太夫さん、心よりお祝い申し上げます。
おめでとうございます(*^^*)
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