義兄の新居(^^)

今度のダンナの同窓会は、帰りに義兄の新居訪問!というのが、はっきり言ってメインでした(^^)
それに、お墓参りも出来たし、ねぇ・・・何年振り?何十年ぶりですよ!
震災前だって、十年以上行ってなかったと思うので、オバサン家のほうのお墓参りを春秋にさせてもらうのも申し訳ない気持ちでしたm( )m

ホッとしました(^^)

義兄の新居・・・義弟と甥とのオジサン三人住まいです。
仮設住まい7年!とうとう閉設ギリギリで間に合いました。
オリンピック工事で、人手不足・資材高騰・土地も相当値上がりして・・・色々あるけれど、義兄自身の故郷へのこだわりもあったのでしょう。

なまじ、帰宅困難地域が一部解除されて戻れるか?という気持ちもあったんでしょうねぇ・・・。でも、結局商店は自分たちだけ戻ってもどうにもならないのよね・・・最後は甥が決断して、仮設住宅の近隣に土地を探し求めたようです。

それと、各地で新居を建てた方たちが、残してきた住居と同じような家を町場に建てて、原発賠償御殿などと嫌味を言われたり、村八分にされたりするのを見ていると、本当に心配でした。

農家は今でも二世帯住宅・三世代共棲が当たり前で、二世帯住宅と言うだけでも大型になります。農家の感覚で、ここは何の部屋?というような広い部屋をいくつも作ったりする、大きな柱を運び込んだり、立派な梁を入れて上棟式を田舎並みにやったりすれば、町場のサラリーマン住宅でローン払っている身としてはイヤミの一つも言いたくなるのでしょう。

でも、そこは、甥が気を遣って、いわゆる首都圏でもよく見る4DKタイプの家にしてあったことはスマートな処置だったなぁ~!と感心しました。これなら、ふつうにサラリーマンが建てられる家です(^^)
いわゆるハウスメーカーの軽量鉄骨の家です。敷地も首都圏郊外の平均です。
内装は最新式でかっこよいですが、いわゆる定価商品です。ダンナが数枚写真を撮ってきてくれました(^^)

ただ、玄関アプローチにスロープをつけていることと一階のトイレが広めにとってある、ということが特別仕様です。

ダンナの御友達や、オバサンの友達の家でも、これより立派な住宅に住んで居る方たちはたくさんいるし、これなら補償のなんのかんのと言われることもないわぁ(^^)・・・良かったです!

甥!偉い!!よく気を配ってますよ~(^^)

まあ、義兄は何と思っているのか、ちょっと心配ですけどね(^_^;

こういうハウスメーカータイプの家を新築した避難者の方が、「柱も何もない!こんなものは家じゃねえ。故郷の家に帰りたい!」と、テレビで嘆いているのも聞いているしね・・・。

でも、普通のサラリーマンとしては、やはりハウスメーカーで家を建てるって夢ですからね!!
そこは理解してほしいですm( )m
それでも、今までの生活基盤を根っこからひっくり返されて、残ったのはこの家一軒!という思いもあるのは事実です。
今回もビックリしたのは、そのお値段!
土地ぐるみですが、首都圏近辺の住宅も買えるくらいの値段でした!!
まあ、それこそハウスメーカーは全国定価販売ですからね(^_^;

でも、仮設ではなく、何より自分の家です。
暑さも寒さも断熱材の入っていない仮設は相当大変だったようです。

嫂にも一晩でも、ここで住まわせてあげたかったです。
まあ、嫂がいたら、やはりこだわりの強い人でしたから、色々と息子=甥の言うことと反発していたかもしれませんけど、ねぇ(^_^;

でもまあ、よかった!
ホッとしました。

ダンナが娘に送ったメールにレスが来ました(^^)


・・・
すごいね。よかったね。

日々の暮らしの場が安定するって 大事なことだね。

でも7年もかかったこととか、もう取り戻せないたくさんのものとか 

その間におばちゃんが亡くなってしまったこととか

それらを経験してきたおじさんたちの思いとか…

言葉では簡単に言い表せないものがあるね。

今ある生活に感謝しつつ 一生懸命生きようと、思いました。
・・・

そうですねぇ。
それが全てだわぁ。
我が娘ながら良いこと言うよ~!


ちなみに、娘は、嫂=大のおばちゃんファンでした。
小学生時代は毎夏遊びに行って、おばちゃんから色々お世話になったり、いっぱい可愛がって頂きました(^^)

嫂が亡くなった時は、仕事の都合でお通夜にもお葬式にも出られないので、甥に相談したら、「どうせ(4日くらいだっけ?)焼き場待ちをするのに安置してあるんだからお参りに来られるなら来ていいよ」と言ってもらって飛んでいきました。後で、
「お通夜やお葬式だと、皆さんがいてゆっくりお別れもできなかったろうから、先にお参りさせてもらってよかった。」と、しみじみ言ってました。

震災はその後もアチコチ起こり続け、昨今は集中豪雨の被害、今は台風の被害で大変です。
それぞれにたくさんの被災者の方達が出て、それぞれに、その後の生活に大きなダメージを受けています。

それでも、その被災された地域には放射能汚染はありません。
今、放射能汚染というと、福島内でさえ風評被害を呼ぶと言われて黙殺、あるいは強制終了のような形にされています。

それでも、その被害に苦しんでいる人たちも現実にいる、ということもまた事実なのです。
忘れて欲しくないなぁ、と思います。

この記事へのコメント

ぽんず
2018年10月04日 14:56
おめでとうございます。
ほんとよかったですね。
感無量です。
怪傑おばさん頭巾
2018年10月04日 22:49
ぽんずさん、こんばんは(^^)

ありがとうございます(^^)
>感無量
そのまんまです。

色々なものが失われて、それでも自分たちの家が持てたことはつくづくありがたいことだと思います。

今は、日本中あちらこちらて゜仮設住まいの方達がいらっしゃいます。
その方たちも、かならずいつか自分の家を再建すると、お気を強く持ってほしいです。
それにもまして、ご健康にも留意して下さい、と願っております。

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