平成徒然草

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zoom RSS 自然療法ねぇ・・・

<<   作成日時 : 2017/07/20 02:36   >>

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7月19日(水)

エビゾの奥さんが、ガンの自然療法に頼りすぎて手遅れになった、みたいな記事がありましたねぇ・・・。
それで思い出したのが大昔のある方の話。

1970年代後半です。
まあ、あるランチグループ。60歳くらいのオバサマを中心に、我ら4〜5人?5〜6人だったか、25〜6歳くらいだったかな・・・まあ、要するに先生とお弟子さんのランチ。

先生が、突然「皆さんにご心配おかけしていたけど娘のがんが治ったの!」と嬉しそうに仰ったのですよ〜!
先生のお嬢様は、もう35〜6歳で二児の母でありました。海外駐在中で、乳がんに懸ったという御話を以前に聞いて皆様と心配しておりましたので、みんな、それは喜んで、よかったですねぇ、おめでとうございます、と口々に言ったんですね。

で、つい、手術どちらでなさったんですか?と、どなたかがお聞きしたんです。オバサンじゃないわよ!
そんなの怖くて聞けません(^^;
というのも、実は、病院で診断受けたとか、手術なさったと言うお話は聞いてないし、第一、当時のエリートさんたちは、あるいはエリートを目指す家庭ではガンにかかった家族がいるって、けっこうタブーだったんですよ(^^;
先生は、愚痴交じりで無関係な我々にお話しなさっていたんでしょうけど。

ま、社長とか重役さんになられていればいいんでしょぅけど、若手や部長クラスクラまでだと、特に、奥様がガンになったって言うと、レースから落ちる、とかね・・・。

で、確か、それで先生のお嬢さんも内緒で大阪の東洋医学の免疫のお医者様に掛かっていらっしゃったはずだったのです。
みんな、そんなお医者様で大丈夫なのかね〜?とか、その話題が出た後はこっそり話したりはしてましたけど、先生母娘は大変に信頼していらっしゃるようでしたから、我らお弟子は黙ってお話を聞いていただけです。
だから、治った!ということは、どちらかでちゃんと診断を受けて手術をなさって成功された!と、みんな考えたんですよね(^^ゞ
つまり、お嬢さんのご主人がエリート競争から降りた!って意味にも受け取れるわけだし微妙でしょ(^_^;
当時の駐在先は確かシンガポールでしたから、けっこう医術も進んでいたと思うのですが、手術となれば、やはり、日本にお帰りになって、お母様のいらっしゃるところの方が安心ですよね。そのわりに先生のお話からはそんな話題が出なかったしね。
で〜、・・・オバサン怖くて手術なんて言葉言えなかったんだけど、興味深々の人もいたんだよ!!

そしたら、先生が嬉しそうに、
「手術しなくても、ガンの病巣が自然に出て来たのよ!」と仰って、みんな目がテンでした。

先生曰く、(まあうろ覚えですけど)
「ある晩、海外から電話がかかってきて、婿が、お母さん大変なことになった!って言いながら、
娘が凄く苦しそうな声で、ママに会えないままでこのまま死ぬかもしれないから、とにかく電話をした、というのでビックリして、どしたの?どしたの?って聞いたら、
胸のしこりの処が凄く痛むから、もうこのまま死ぬかもしれないからって言って。
どうしても耐えられないようなら、救急車を呼んでもらうけど、っていうから、早く病院に行って、と言いながら電話を切って、もう生きている心地がしなくてパパ(もう既に先生のご主人はお亡くなりになってました)と神様にお祈り続けていたら、また電話かあって、飛び着いたら、
苦しそうな声だけど、ママ、ガンの病巣が出たんだと思うのよ、糸球みたいなのが転がり出て楽になったの、というのよ。」

思わず、じゃ、大出血とか大変じゃなかったんですか?って、思わず口をはさんでしまいました←これは私m( )m

そしたら、
「私も、それを心配して、出血で死ぬこともありますからね、そしたらちょっと血は出たらしいんだけど、タオルとガーゼで押さえているうち止まったというからたいしたことはなかったみたい。ただその糸球が出てきた後にポッコリ穴が開いていたそうで、もっとも、それも2〜3日でどんどん小さくなってなくなったみたいですよ。(東洋医学の)先生にご連絡したら、やはり、それはガンの病巣だと思うから、良ければ頂きたいと言われて差し上げるお約束をしたみたい。」

みんなもう口をあんぐりの世界で、なんとも言葉が出なかったのを思い出します(^^;
「でも、よかったですねぇ・・・お治りになって。これで一安心ですね〜。」というのが精一杯でした(^^;

で〜、それから一月くらいたった時かな・・・お嬢さんご一家が日本に(一時的)帰ってきた時、例のお医者様にそれをお届けしたら、治った患者さんでもなかなかこういうものを見せてもくれないし、下さる方はないので貴重な病巣です、とお喜びになったそうです。勿論、先生の話。

いや〜、誰も信じられませんでしたよ(^^;
みんな、先生ちょっとオーバーじゃない?とか、今なら「ありえね!」とか一蹴されそう(^_^;

まあ、今思えば「ガンモドキ」なんじゃなかったかな?とも思うのですが・・・とにかく、その後、お嬢さんはお元気で、ご主人の転勤先〜台湾とかベイルートとか、いろいろな所を回って、ン年後くらいにご帰国になって、確か今もお元気なはずです。先生はお元気ですけど・・・101歳かな(^_^;

いやぁ・・・東洋医学だってちゃんとしたものはちゃんとしているんでしょうけどね・・・自然療法とか、免疫力を上げてガンに対抗するって言ってもねぇ・・・ならないうちなら対抗もできるでしょうけど(^^;

そういえば、もう一つ。
↑で書いたエリートを目指す人は、ってのね(^^;
1970年代後半て、例の♪24時間戦えますか♪ってスタミナドリンクのCMソングが流行ったころです。

♪24時間戦えますか♪ってのは、男の人に向けられた言葉のように思うけど、裏っかわでは、その奥さんたちにも、24時間支え続けよ!って意味も含んでいたんですよね・・・「主婦は三食昼寝付き」なんて嘘の皮。
まあ、そういう人たちもいたことはいたんです。それは我々のようなエリートたちとは無縁の気楽な家庭でしょうね(^^ゞ

件のお嬢さんもご主人に帯同して、初めて海外駐在する時は、会社の事前レクで、「奥様達のご協力も重大な比重を占めます。勿論給与にもそういうことは加味しています。」みたいなことを言われて、釘を刺されたというのも先生から伺ってたし、ねぇ・・・病気ひとつ自由にできないエリートさんたちは大変でしたね(^^;

今はどうなっているのかしら?
今時そんなこと言ったら社会問題だよ!!
でも、ガンになった、と言ったとたんにリストラされた、左遷されたとはよく聞きますよね(-"-)
今でも変わらないのでしょうかねぇ・・・そしたら、やっぱり、みんな隠せるものなら隠して、と変なお医者にはまっちゃうのかしら・・・そんなことしたら治るものも治らなくなって大変です。


そういえば、あの頃、大体の会社は、高校からは(高校生になったら希望すれば、ということ)日本に帰宅する時は会社が面倒を見る。つまり会社の寮とか下宿先とか考慮するって言うことでしたが、中学生までは全員帯同だったはず。つまり海外の単身赴任は認めてもらえなかったんだ(^_^;

で〜、娘の中学受験の頃は1990年代か・・・中学受験の場合、奥さんと子供は帰国できたのですよ〜。
まあ、会社にもよるでしょうが・・・。
時代によってもいろいろ変わりますよね、変わらなくちゃならないこと、変えていかなくちゃならないこともありますし。

病気の扱いも変わると信じたいです!
今の医学なら治療しながら「普通の勤務」はできるでしょう。それができないならブラック企業だよ!!

自然療法って題より「ブラック企業について」の方が良かったのかな(^^ゞ

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